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東京高等裁判所 平成7年(行コ)22号 判決 1996年3月27日

横浜市神奈川区西寺尾二丁目一六番一四号

控訴人

横田藤男

右訴訟代理人弁護士

森卓爾

横浜市港北区大豆戸町五二八番地五

被控訴人

神奈川税務署長 荻原勝

右指定代理人

齊木敏文

渡辺進

青木与志次郎

坂井一雄

日野原浩

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対して平成二年三月一四日付けでした左記の処分をいずれも取り消す。

<1> 昭和六一年分所得税の更正のうち所得金額三五二万〇五七六円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定

<2> 昭和六二年分所得税の更正のうち所得金額三五五万二八七九円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定

<3> 昭和六三年分所得税の更正のうち所得金額三九四万六一九七円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文第一項と同旨。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、当審において推計の合理性について次のとおり主張したほか、原判決「事実」の第二から第四までと同一(ただし、原判決三枚目表二行目の「所得」を「総所得」に、同三行目及び同枚目裏三行目の各「所得」を「総所得金額」に、同一〇枚目表七行目の「第五位」を「第三位」に、同一〇行目、同一一枚目表八行目及び同一二枚目表六行目の各「経費」を「所得」にそれぞれ改め、同一九枚目表二行目冒頭から同二〇枚目表二行目末尾までを削る。)であるから、ここにこれを引用する。

一  控訴人

1  控訴人の総収入金額(原判決別表四の被控訴人の主張)の誤り

有限会社山崎工務店からの被控訴人主張の収入のうち、被控訴人が昭和六三年分の収入と主張する一五四万九六〇〇円は平成元年に控訴人に支払われたもので、同年の収入であることが明らかである。

有限会社大城工業からの被控訴人主張の昭和六一年分の収入は、東京急行電鉄東横線白楽駅及び元住吉駅の斫り工事の昭和六〇年一一月分の売上である。

丸太運輸株式会社からの被控訴人主張の昭和六一年分の収入は、東洋プラント株式会社に対する昭和六〇年分の売上代金を同社が支払わないので、同社に代わって丸太運輸株式会社が控訴人に支払ったものであり、昭和六一年の収入とすることはできない。

2  比準同業者の抽出基準の非合理性

比準同業者の抽出については、事業所の近接性・事業規模の近似性など同業者の類似性及び課税庁の恣意の介在する余地のない抽出過程の合理性が必要であるが、被控訴人は、原処分の段階では「神奈川税務署及び近隣の税務署管内に事業所を有する同業者」を抽出していたにもかかわらず、本件訴訟段階では「東京国税局管内の同業者」として大きく抽出範囲を広げている。これは原処分を上回る所得金額を算出するために恣意的に行ったもので、このような抽出方法による推計には合理性がない。

また、同業者の範囲を東京国税局管内の同業者に拡大することは、事業所の近接性を失わせ、控訴人との類似性を失わせるものであるから、合理性がない。比準同業者の抽出にあっては、神奈川税務署に隣接する税務署又は神奈川県内の税務署管内の同業者に限定すべきである。

3  倍半基準の恣意的適用

倍半基準は、納税者と事業規模の類似する同業者を選定する方法として考案された客観的基準であり、その基準を恣意的に適用することは許されないにもかかわらず、被控訴人は控訴人の売上金額の二倍及び二分の一のいずれについても恣意的に百万円の位を切り捨てており、このような方法は、同業者の抽出につき事業規模の類似性を失わせ、推計の合理性を失わせるものである。

なお、被控訴人の主張3の別表1及び2の計算の結果は、争わない。

二  被控訴人

1  控訴人の総収入金額

所得税基本通達三六-八の(4)は、所得税法三六条一項を受けて、請負による総収入金額の収入すべき時期について、「物の引渡しを要しない請負契約にあってはその役務の提供を完了した日」などと定めており、現実の入金の日のみを基準として収入の帰属すべき年を決定することは許されない。

したがって、山崎工務店からの収入金額一五四万九六〇〇円が平成元年に控訴人に入金されたとしても、そのことのみをもって右入金額が同年に帰属すべき収入金額ということはできない。

同様に、大城工業から昭和六一年に入金した金額が控訴人主張のように昭和六〇年一一月頃に行われた工事の代金だとしても、そのことによって当然に当該工事の完成時期も昭和六〇年であったということはできず、右入金額が昭和六〇年に帰属すべき収入金額ということはできない。

2  比準同業者の抽出基準

被控訴人が比準同業者の抽出地域を神奈川税務署及び同税務署近隣の各税務署管内から東京国税局管内に拡大したのは、次のような考慮に基づくものであり、合理性がある。

すなわち、原処分の段階においては控訴人の業種を「解体業」としていたが、審査請求の段階における控訴人の主張にも鑑み、業種の近似性を高めるため、比準同業者の業種を控訴人と同一の「斫り業」に絞り込み、さらに抽出条件の一部を「所得税の申告を青色申告によっている者のうち青色事業専従者のいる者」に限定したため、当初の抽出地域内のみからでは推計に必要な比準同業者数を得ることが困難になった。他方、控訴人の顧客等は当初の抽出地域に限られていない。このような事情で抽出地域を東京国税局管内に拡大したものであり、抽出基準の合理性は保たれている。

3  本件各更正処分の適法性

仮に、控訴人の総収入金額を控訴人主張のとおりとし、倍半基準を控訴人主張のように百万円未満の金額を切り捨てずに設定したとしても(その基準額は別表1の1ないし3のとおり。)、控訴人の本件各係争年の総所得金額(計算の過程は同表1ないし3のとおり。)は、昭和六一年分一一八六万三二九八円、昭和六二年分一〇八〇万一九五八円、昭和六三年分一三七九万九三七四円となり、いずれの年分も本件各更正処分における控訴人の総所得金額を上回っており、また、本件各更正処分における控訴人の所得控除額(控訴人の主張する金額と同一である。)は、別表2の1ないし3のとおりであり、これを右総所得金額から控除した金額はいずれも本件更正処分における課税総所得金額を上回っているから、本件各更正処分は適法である。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第一本件各更正処分の経緯等

請求原因一の事実(原判決二枚目裏三行目から一一行目まで)及び被控訴人の主張1(一)の事実(同三枚目裏一一行目から同四枚目表五行目まで)は、当事者間に争いがない。

第二推計課税の必要性

当裁判所は、控訴人の本件各係争年分の総所得金額及び税額を推計によって算出する必要があったものと判断する。その理由は、原判決二〇枚目表七行目から同二四枚目表二行目までと同一であるから、ここにこれを引用する。

第三推計方法の合理性

一  控訴人の総収入金額

本件各係争年の控訴人の斫り業による総収入金額については、昭和六一年分八〇九五万五二八三円、昭和六二年分八二四四万三六五九円、昭和六三年分九三〇七万九三三九円の限度において当事者間に争いがない。被控訴人は、各年分について右の金額を上回る収入があったと主張するが、その差額は僅少であり、後に述べるとおり、その有無は本件訴訟の結論に影響がないので、右争いのない総収入金額を前提として、検討を進める。

二  比準同業者の抽出基準

1  証人加藤道訓の証言、成立に争いのない乙九三号証、その方式及び趣旨により公務員が作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙一号証の一ないし八〇の各一ないし四、乙九四号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

すなわち、被控訴人が控訴人の事業所得に係る総収入金額に対する特前所得を推計するために本訴で用いた係数の算出については、控訴人の取引先業者の調査により把握した控訴人の各年の総収入金額(原判決別表四の被控訴人主張額)を基礎とし、東京国税局管内の斫り業を営む個人事業者で青色申告をしており、控訴人と事業規模が類似するものを抽出し、その各年の総収入金額に対する特前所得の金額の割合(特前所得率)の平均値を求める方法に拠った。そして、比準すべき同業者の抽出については、東京国税局長の平成四年六月一一日付け通達により抽出基準が定められ、その基準は、同局管内において昭和六一年から昭和六三年までの間、<1>斫り業(コンクリート建物の解体に伴う壊し工事を含む。)を営む者、<2>所得税の申告を青色申告によっている者のうち青色事業専従者のいるもの、<3>対象年分における総収入金額が、昭和六一年分及び昭和六二年分については、四千万円以上一億六千万円以下、昭和六三年分については、四千万円以上一億八千万円以下の範囲にあるもの、<4>年を通じて右の事業を営んでいる者、<5>災害などにより経営状態が異常であると認められる者以外の者、<6>更正又は決定処分を受けた者のうち、当該処分について不服申立て期間又は出訴期間の経過していない者又は不服申立て若しくは訴えについて審理中である者以外の者、との要件の全てを満たす業者とされた。これを受けて、同局管内の各税務署においては、右の基準に該当する全ての者を既存の資料に基づき機械的に抽出して、同局長に報告した。その結果得られた数値が、原判決別表五の一ないし三の数値である。

2  控訴人は、被控訴人が比準同業者の範囲を原処分の段階では被控訴人の管内及び近隣の税務署管内の同業者としながら、本訴においてこれを東京国税局管内の同業者に拡大したことは、被控訴人の恣意によるものであり、かつ、控訴人と比準同業者との類似性を失わせるものであると主張する。

しかしながら、前掲の証拠によると、次の事実が認められる。

すなわち、控訴人は、本件各更正処分に対する審査請求の際に国税不服審判所に対して提出した意見書の中で、原処分が控訴人の業種を「解体業」としたことは不当であり、より専門化した同業者を抽出すべきであり、また、比準同業者数が昭和六一年二件、昭和六二年三件、昭和六三年四件であることは著しく少ない件数であり、合理性がないと主張した。このような経緯を考慮して、被控訴人は、前記基準<1><2>の限定を加えることとし、他方、控訴人の顧客の所在地は、神奈川県に限られず、東京都、埼玉県、千葉県に及んでいるので、これらの地域を管轄する東京国税局管内の同業者を抽出することにより、比準同業者の数を増加させたものである。その結果得られた同局管内の比準同業者の数は、昭和六一年七件、昭和六二年九件、昭和六三年一二件であるのに対して、抽出地域を控訴人主張のように神奈川県内に限定すると、その数は、昭和六一年三件、昭和六二年三件、昭和六三年四件であるにすぎない。

右認定の事実、斫り業の必要経費が神奈川県内の業者と東京国税局管内の業者との間で統計上意味のある差異があることを推認させる証拠がないこと、及び特段の事情がない限り、比準同業者の数が大であるほど推計の基礎としての合理性が高まると考えられることを総合すれば、比準同業者の範囲を東京国税局管内の同業者としたことに被控訴人の恣意が介在したものと判断することができないし、また、そのことが推計課税の基準として不合理であるということもできない。

3  前記1認定のとおり、被控訴人は比準同業者の抽出に当たり、控訴人の各年の売上金額の二倍及び二分の一の金額の百万円の位を切り捨てた金額を基準としているところ、控訴人は、そのような処理は被控訴人の恣意によるものであり、その結果抽出された同業者には控訴人との事業規模の近似性がないと主張する。

しかしながら、いわゆる倍半基準は、売上高を基準として納税者と事業規模の類似する同業者を抽出するための一個の手法にすぎないから、当該納税者の売上高がほぼ中央値となるような上下幅を保って基準となる売上高が設定されているならば、厳密に当該納税者の売上高の倍額及び半額が基準とされなくても、そのことのみによって合理性を欠くということはできない。

本件においても、被控訴人は倍額又は半額の一方のみについて百万円の位を切り捨てているのではなく、取り纏め作業が容易となるという考慮から、その双方について同一の処理をしているのであるから、控訴人の採用した基準が恣意によるもので合理性を欠くと評することはできない。

そして、右の方法を適用して前記一の当事者間に争いのない控訴人の総収入金額について倍半基準を設定した場合、基準額は、上限及び下限とも被控訴人が本訴で適用した額と同一である。

4  以上のとおり、被控訴人の採用した比準同業者の抽出方法には合理性を欠く点がないものというべきであり、これによって算出された比準同業者の平均特前所得率は、原判決別表五の一ないし三の平均欄のとおりであると認められる。

三  控訴人の総所得金額及び課税総所得金額

控訴人の本件各係争年の総所得金額(事業所得の金額と同一である。)は、前記一の当事者間に争いのない控訴人の総収入金額に右二4の比準同業者の平均特前所得率を乗じた積(特前所得金額)から控訴人の妻洋子に係る所得税法五七条三項所定の事業専従者控除額を減じて算出すると、昭和六一年一一八六万三二九八円、昭和六二年一〇七三万六〇〇三円、昭和六三年一五一〇万二四八四円となるものと認められる。この計算の過程は、次のとおりである。

昭和61年 80,955,283×0.1521-450,000

昭和62年 82,443,659×0.1375-600,000

昭和63年 93,079,339×0.1687-600,000

これに対して、本件各更正における控訴人の本件各係争年の総所得金額は、原判決別表一ないし三の「更正・決定」欄の総所得金額のとおりであるから、右認定の金額がこれを超えていることは明らかである。(仮に倍半基準を控訴人主張のように百万円未満の金額を切り捨てずに設定した場合の控訴人の総所得金額は、当審における被控訴人の主張3のとおりとなり、この金額も本件各更正における前記別表の総所得金額を超えていることが明らかである。)

そして、右認定の控訴人の総所得金額から本件各更正処分にかかる所得控除の合計額(昭和六一年三二九万七〇七〇円、昭和六二年二七八万九一六一円、昭和六三年二二八万七九八〇円)を減じた金額が、本件各更正における本件各係争年についての課税総所得金額を超えていることも、計算上明らかである。

第四その他の違法事由

当裁判所も、本件各更正について控訴人の主張する理由付記欠如等の違法事由がないものと判断する。その理由は原判決二八枚目三行目から同裏二行目までと同一であるから、ここにこれを引用する。

第五結論

以上のとおりであるから、本件各更正決定及び本件各過少申告加算税賦課決定は、いずれも適法である。

よって、控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 細川清 裁判官 北澤章功)

別表1の1

昭和61年分

1 同業者一覧表

<省略>

2 総所得金額

<省略>

別表1の2

昭和62年分

1 同業者一覧表

<省略>

2 総所得金額

<省略>

別表1の3

昭和63年分

1 同業者一覧表

<省略>

2 総所得金額

<省略>

別表2の1

昭和61年分

<省略>

○ 課税総所得金額は、国税通則法118条1項の規定に基づいた、端数処理後の金額である。

別表2の2

昭和62年分

<省略>

○ 課税総所得金額は、国税通則法118条1項の規定に基づいた、端数処理後の金額である。

(注)原告の確定申告書記載額は393,661円となっているが、593,661円の誤記であると思われる。

別表2の3

昭和63年分

<省略>

○ 課税総所得金額は、国税通則法118条1項の規定に基づいた、端数処理後の金額である。

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